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雪道を自動車で走る

困った爺さん
2018/11/13 (Tue) 16:39:45

おいらの自動車はVWゴルフのバリアントなんだけど、これはVWの設計思想が分かる気がしての購入でした。軽量コンパクトなエンジンとミッションを一体で前輪を駆動する。エンジン軽量化コンパクト化のために、おいらの買ったVWはSOHCを採用している。スペースファクターからはSOHCの選択は理解できる。その後DOHCに戻しているが、出力特性の問題だろうか、その理由は分からない。兎にも角にもおいらの自動車はSOHCだ。ヘッドというか上部のスペースを空けて、しかも軽量に、という観点で、つまり
1200ccターボプロップは際立って軽く、さらに軽い7速DSGミッションとの組み合わせは絶妙だ。その割には、つまりダウンサイジングターボの割には、燃費は悪い。
ところで、おいらは電気が専門ということになっているけど、それゆえに電機系の自動車は気に入らない。電気エネルギーは基本的に貯められない。動力として使うには無理がある、と考えている。
生い先短いおいらは、自動車を使い始めた頃からなじみが深い内燃機関オンリーで、そこで自動車の付き合いを終わろうと考えている。
また北海道では10年余を過ごしたが、その間一般路で四輪駆動の必要性を感じたことはない。というより駆動系を引きづるフルタイム四輪駆動は、一般路でしかも氷結や積雪がない路面では、軌道系はただ重いだけになる。北海道でも四輪駆動が威力を発揮するのは僅かな期間(せいぜい二ヶ月だろうか)になる。直進安定性は良いがアンダーステアが強いのも気に入らないし、第一エネルギー効率が悪いと思う訳だ。
雪や凍結の恐怖が過ぎて後、大半の期間を駆動系を引きずりながら、では敵わない。

しかして、VWヴァリアント、軽量な軌道系が雪道、凍結路では大きな欠点になることを考えなかった。乗って気がつき、そりゃそうだよなと。
前輪荷重が小さすぎて雪を噛まない。後ろが重いバリアントではより顕著のなり、ちょっとした坂道でも前輪が滑って登らない。
リア起動では、後ろが軽い場合は重りをつければ(重いものを積む)良いが、フロントではそうもいかない。
分かっていい筈だったけれど、雪の中を走行する際のことを考えていなかった。
ということで、現在は雪国に行く想定となれば、ヴァリアントの他に四輪駆動を考えている。要は単に四輪駆動が嫌いなのではなく、フルタイム四輪駆動が要らない訳だ。
現時点で購入可能なハートタイム四輪駆動は、ジープレニゲード、スズキジムニー、それにトヨタのハイラックスだろうか。
おいらは三菱のジープで運転を覚えたので、パートタイム四輪駆動には慣れている。というより雪国の走行、特にスキー場に入るなどを考えれば、パートタイムに限る。
まずはフロントについたエプロンは邪魔なのでそれがないというだけでも安心感がある。
軽く積もった雪でも、それに当たるとエプロンは外れてしまう。その修理費用はバカにならないだろう。それと実はミッションンもマニュアルがいい。
前進と後退のギアの切り替えを素早くできるミッションは、スタッグした際には前後のゆすぶりが有効的になることも多いからそのメリットはかなりい大きい。いっぱく置いてしまうATはきつい。
レニゲード、ハイラックスとジムニー(シエラ)だけれど、この手の自動車も重量は軽い方が良い、と考えている。
自動車に関しては、何でも軽いというのが好きなので、それが偏見の様になっているのかも知れない。重い車は、4tのトラックで経験しているけれど、重い自動車はやはり滑らない。滑ると手に負えないという話もあるが、おいらは経験していない。まぁ総重量で10tもあるトラックと比較しるのも意味がないけどね。
その意味ではレニゲードに、さらにハイラックスに分があるのかも知れない。
ただジムニーシエラは他に比べて価格が半値以下なので、現実的にはなんだけどね?
またレニゲードでも大きすぎるので、普段の市街地走行で、駐車スペースなどを探すのもままならないものだ。
さらに、まぁあと10年も自動車に乗るだろうか?(70歳を一つの区切りと思っている)と考えてもいる。それでもその歳になってみないと分からないし、田舎道ではそう心配もいらないのかも知れない。
またスキーも年に数回から10回程度になるだろうし、しかもツアーの方が良いので自分で自動車を運転してまで・・・は殆どなくなるだろうしね。
自動車の運転は、東京中心地の走行(首都高が一つの目安だろうか)に着いて行けなくなったならやめる。
他の人たちの邪魔者になってまで運転はしたくないし、する必要もない。
実はすでにその準備、つまり爺対策だけれど、始めている。利便性を重視して住まいを選ぶつもりだ。
年が明けて3月に引っ越しをするのも、来るべき、間もなくだけれど、爺対策から利便性を念頭にあってのことだ。

スキーシーズン、ホットウヰスキーのシーズン

困った爺さん
2018/11/06 (Tue) 03:39:22

今年に雪は速いのだろうか?
昨シーズンはいきなりの降雪が続いて例年よりも早いシーズンに入ったそうだ。ただこれが正常、ここ数年が遅すぎたという話をよく聞いた。しかして春には暖気が続いて雪が一気に解け、多くのスキー場が早じまいに至った。
それでも春の雪は滑走性が著しく劣るのでさほど気のもならなかった。
今年のシーズンインはやや遅めの設定が多い様だ。
今年おいらは、ホワイトピアのシーズン券を申し込んだだけなので、11月末、公式には11月23日から3月末日(営業カレンダーから)までの約四ヶ月間になるのだろう。しかして12月半ばまではフルコースでのオープンにはならないどろうから、おいらの予定では12月末、21日くらいからかな?連日でスキー場に留まるのはね。
3月は引っ越しの予定なので半月くらいはスキーどころじゃないかも知れない。
それでも20日位から連日になるのかも。
今度のゴールデンウィークは10連休とか、この季節は中京地区では御嶽か大日岳しかないけど、何れも連休まで行けるかが分からないな。
恐らくチャオは無理やりにでもやるだろうね。周辺の雪を重機で集めるんだけど、小石も一緒に引っ張ってしまう。昨シーズンはそれを踏んでしまって滑走面の傷がついてしまった。
まぁそんなことに神経質になるおいらではないから、さして気にもしてない。
一番はチャオはコースに魅力がない。
ダラダラと緩斜面が続くので、滑る気がしない。特に最終の期間になると滑るのが面倒で、結局駐車場でワイワイとやる方が多くなる。
昨シーズンはシーズン券が有効だったので、一日一度はスキーを着けたけど、今年は一日券を購入してまでやるだろうか?
一度ゴンドラで上がって、27.8度もあるだろうかという短いコースで足で上がりながらにしようかとも思う。
子供の頃、というかスキーを止めるまではホームゲレンデでのスキートレーニングでは殆ど全て足で登ったものだ。
スキーを着けたまま登るのだけど、昨シーズンも一部でそれをやったら驚く程登るのが速いと言われたな。皆そんな経験がない奴ばかりなので、登り方を知らないんだろうね。
もう一つ、キックターンというのを知っているだろうか?
スキーを着けたまま登ること自体が殆どできないのだろうけど、そうやって上ると山側の足と谷川の足を入れ替えなければ筋肉疲労に偏りが出るので、ごく自然にキックターンで入れ替える。そのキックターンも驚かれたね。やり方は3種あるんだけど、ブーツの関係で事実上は2種になるかな?
特に意識することもなくやってしまうんだけど、その瞬間・・・・今何をしたの?一瞬で分からなかった、と。
そうかだよね、平地ですらスキーを外して担いで歩く奴らだから、登りに限らずスキーを着けたまま移動することが出来ないんだろうね。
まぁ昔のスキーヤーならば、ディスタンススキー競技的な移動は当り前だったから、雪の上でスキーを外して歩くなど愚なんだけど、滑走させてできないとなれば担いで歩くしかないよね。
スキーの本来の目的を知らないということかな?
乗鞍で会ったおじさん、懸命にテレマークをやっていたけど、テレマークなんて必要ない所だ。
アルペン滑走もノルディック滑走も知らないということか。
シューズトップだけでもスキーに固定されていれば、スロープを滑り降りるのにテレマークなんて殆ど要らない。
少なくてもおいらはディスタンスの選手が行うテレマークなど見たことがない。
まぁファッションということかな。何れにしてもお目出度い人種だよね。
話は戻るけど、そのチャオでの足登りは現実的な感じ。
数回滑るのに数千円は要らない。ゴンドラも要らないかも。
のんびりハイキングのつもりでスキーを着けたまま2㎞か3km登ればコースに着くように思うので、1日2度やればいい運動かな?
後は温泉に浸かって、飲み食いの夕べを楽しむ。
今年は春チャオの親分の用意してくれるテーブル&チェアも、自前を購入したのでね。親分はホワイトガソリンのバーナーを使うけど、今度はおいらが炭焼き本格ジンギスカンを振舞おうかな?
炭火は何時間も消えないし、キャンプ的なバーベキューで過ごす夜は、火がある暖かさはちょっと格別なんだよね。
手をあぶりながら飲むホットウヰスキーがね、何とも・・・・
やっぱり春はスキーよりウヰスキーでしょう。

日本ではスキーはできないという結論・・・日本ではないというもう一つの結論

困った爺さん
2018/11/05 (Mon) 10:48:39

ここ何週間か忙しくて、ここで想いを書いている暇がありませんでした。
なかでも、親の13回忌やら、地震の影響(墓が倒れていないかですが)、それも心配で郷里の札幌に行ってきました。昨日帰って来たのですが、初日は友達に家に泊まりました(すでに実家はありませんので通常はホテル住まいですから)。
もちろんスキー選手だった友人です。
その友人も現時点では全くスキーには関与していません。先にも書きましたが、スキー関係の友人は沢山居ますが、今更スキーがどうのこうの言っているのはおいらだけです。某大学にスキー部監督で、有名な友人が居ましたが、60歳を前にしてコロッと死んでしまいました。まぁ彼も現役時代には有能な選手とは言えませんでしたが、皆が言うには大変弁がたつ人間だったそうです。解説など当たり前のことを言っているだけなんだけど、妙に説得力があると、スキー経験者が何人か集った際の話で聞いたことがあります。
今回札幌で、その友人との話ですが、ここでも幾つか書いていましたが、そういった最近のスキーについての考えを話しました。
お前の話は相変わらず見る方向が少し違っているから面白いと。そしてそういわれればその通りだと思うということでした。
結局は日本では本格的にスキーを行うということ自体に無理があるという所で落ち着きました。彼も一人息子をスキー選手にしようとした時期があって、日本でスキー選手を育てることの難しさをよく知っている人間です。
日本でのスキーでは、とどのつまりお嬢様スキーにしかならない。
元の高校でのスキー部顧問の教師曰く、日本でスキーをするならレースなどやらずデモンストレーターを目指すした方が遥かに簡単だ、と言ったアホ教師で、もちろん生徒である選手をも誰も相手にしなかった教師ではあるけれど、それはそれで言い当て居ていたのかも知れないな、という結論でしょうか。
一次北海道最強を誇ったスキー部が廃部になったのも頷けるのかもです。
まぁ合宿は勿論、大会当日でも会場に姿を見せたことがない顧問で、単に事務手続きをお願いしていたに過ぎなかったのですから、その後メーカーがほとんど関与しない今のご時世では、必然だったのでしょう。全くスキーが分かっていないのです。
ただОBたちはどう言っていたのでしょう? スキー界の重鎮としての存在している者も何人か居るのですが。

ところで、全く異なる話ですが、驚くことがありました。
なんと!!!、中部国際空港、アクセスできる唯一の鉄道、名古屋鉄道ですが、何と何と・・・円による現金でしかチケットが買えないのです。
クレジットカードが使えない。はっきり言って名古屋(愛知)の大恥ですよね。
繰り返しですが、国際空港ですからね。外国から来た人は、電車で移動しようとするなら、まず電車賃、円を用意しなければなりません。お気をつけを。
もちろん中部国際空港だけだと思います。他の日本ではそういことはないでしよう。ここ名古屋はある意味日本ではないのです。
仮に日本だったとして、やっぱり名古屋は昭和40年から進化せず、止まったままなのです。

人を操るコンプレックス

困った爺さん
2018/10/13 (Sat) 06:25:26

おいらは心理学が趣味の一つでもある。若い頃、学生の頃だけど、大学で教職課程を受講した。
その際に心理学の講義がとても多かったことが、その切っ掛けになった。
ゲシュタルト心理学からのスタートは勿論だけれど、やっぱり面白かったのは深層心理学だった。
アルフレッド・アドラー、最近話題になっている様だけれど、ジクムント・フロイトとカール・グスタフ・ユングとの三角形とも言うべき状況について全体像をみなければ、それぞれ一つだけを取っては見えなくなるものも多いと、おいらは思う。
ノーガキはいいとして、おいらが心理学に興味を持ったのは、やはり父に対する大きなコンプレックスだったと思う。そんな中で、自分が何かを知りたかったのだろう。
父は182㎝という大正生まれとしてはかなりの長身で、おいらより5㎝ほど背が高い(おいらも若い頃は177㎝だった、今2㎝弱縮んだことになる)。父に対するコンプレックスは沢山あるが、まず身長の問題よりも、座高が同じだったことだ。つまり父の足が5㎝ほど長いことになる。足の長さの5cm は大きい。おいらは短足でカッコ悪い。さらに運動神経抜群の父の運動選手としての記録には到底及ばない。
野球の落合だっただろうか、俺の息子が俺以上の結果を残せるか?野村の息子、長嶋の息子、父を追い越せるか?と言っていた。良く分かる気がする。
おいらも、父にして、俺の息子とは思えない、と言わせたほどだ。
ただちょっとホローもしてくれた。理数系がデキるのも俺の息子の様じゃないけどな、と。
期待も大きかったからだろうが、俺の息子の様ではない、との落胆も理解できる気がする。
高校の終わり、お前は運動では見込みがない、運動は諦めて理工系に進学しなさい、そこでは必ずものになれる、というかそれしかない、という最後通告だったろうか?
しかして進学後は、成績を気にするな落第だけしなければいい、と。
思えば、子供の頃から父に、勉強しなさい、と言われたことがない。
勉強は最終学校ですればよい、それと自分が使う参考書を他人に隠すような勉強は勉強とは言わない、教育とはもっと大らかなものだ、と言った言葉を思い出す。
当時、後から知ったのだけれど、進学した大学は落第なしで卒業できるものは5割強しか居なかった。おいらが大学の勉強の恐ろしさを知るのは2年次以降だった。
それでも、やるならとことんやれと、経済的には著しく低下していた家計の中でも、7年を要した大学院は終えることが出来た。それは父のおかげ、何よりそれを貫徹する意志を持たせてくれた、そのおかげだったと思う。
その間、特に後半は極貧生活に至った。その時のおいらの苦しさは到底信じて貰えないだっろう。
何より考えることが好きだった自分が、思考のプロとして日々成長しているという実感とが持てたこと。それがその極貧生活を支えた気がするし、何より研究が面白かった。
しかして実際その生活を目のあたりにした大学時代の友人たちが、何かと(というより多大に)援助してくれた。

ところで、実はおいらがスキーを断念したのは、若すぎた、早すぎたと思わない訳でもない。
父のお前は運動は駄目だ、の死刑判決が効き過ぎた気もしている。運動技能に関しては、一般的にはおいらと同等かそれ以下の者も多いと思うようになった。
ほんの子供の頃、10歳くらいまでののスキーは、一番夢中になれるとても楽しいものだった
レースで思う結果か残せなかったことが、スキーとの決別の主な理由だと思うし、また、その後雪とは無縁な地区に長く住んだことも大きく影響した。
家の玄関を出たらスキー場という環境で育ったおいらにとって、何時間もかけて泊りがけで行くスキーなどは考えられなかった。またその余裕もなかった。
スキーの醍醐味は、挑戦というか、ほんのちょっとの冒険であろうと、今のおいらは思っている。
言い尽くされた表現では、スピードのスリル、ということだろうか。
人間生活の上で、時折普段には無いそういった世界での刺激を求めるのかも知れない。
一方で、若者、子供になるほどその世界の占める割合は大きいもので、特に面白いものに発展させ、世界を広げてきたのも若い世代だった。
しかして、人は老いても何処かにその冒険心や挑戦する面白さを持っているのだと思う。
少なくてもおいらはそうだ。また思ったことはすぐ実行という気性で、それにこれまでの人生が支配し、またこれからも支配し続けるのだろうと思っている。
所詮男の人生は、全てが遊びだ、とも思うし、その最高の遊び仲間である筈の息子はおいらには居ないのだから。

プロスポーツという危うさ

困った爺さん
2018/10/06 (Sat) 08:01:56

何とかのプロ、日本語で言う玄人なのだろうか?
そもそもレジャーにプロは居ないというか、必要ない。
あっても精々案内人だろう。
ということで、レジャーとして楽しむスキーに、本来プロは要らない。
なので、スキーでは昔からプロの定義にやたらと苦労しているようだ。
仮にレースをぶち上げても、そこには事実上プロは存在しない。実際僅かな期間で消滅している。
アルペンスキーにおける本格的レースは、選手で居られる期間は短く、しかもワールドカップ、世界選手権、オリンピックといったレースがトップクラスに存在するから、そもそもそこでプロスキーと銘打っても意味をなさない。
レース以外でスキーを職業にする、というのも現実では不可能に近い。
繰り返しになるけど、そもそもレジャーにプロは居ない、というより必要ない。
海岸での海水浴にプロが居ないのと同じだ。
例えばダイビングも同じで、プロダイバーという女性に知り合いが居たが、それは海水中での何らかの撮影の際に同行して、仕事としてギャラを貰って潜るというものだ。
スキーで言えば山岳撮影などに参加して、滑走モデルか、シェルパ的な役割で報酬を得てスキーを着ける、といったことになるだろうか。
スキーを教える?
スキー教師が存在する理由?
ゴルフのレッスンプロみたいな存在でしかないから、初心者くらいしか教えれないのは必然なのだろう。
はっきり言って、学校における学生、生徒の部活動のコーチの方が真面である。
ゴルフでもトーナメントを勝ち抜くような選手が、レッスンプロに習った経験がないと言っているのと同じだ。
ただゴルフでも初心者は正確なプレイ方法を教わった方が良いだろう。
ただしゴルフは点数化してその数値を競う競技であるから成り立つということもある。
スキーも、スキー技術1級というが、そこではじめてスキー専用のゲレンデにおいて普通にスキーができるという、本人がその自信が持てる、という意味では有効なのかもしれない。しかしそれ止まりでしかない。
とすれば、何のためにスキー教師が溢れるだけ居るのだろうか?
この疑問に答えられるだろうか?
そもそもそのスキー教師には、他のスポーツとは異なり若い頃トッププレイヤーを目指したという経験者が著しく少ない。
これがまたスキー教師の地位を低下させ、嘲笑されるている原因でもあるだろう。
少なくてもおいらは、まともにスキーができるスキー教師に会ったことがない。
経験のないことを教える訳のはかなり難しいものだが、如何にも知ったかぶりでスキーを語り、屁理屈が先行するのはそのためだろう。つまり実践はできない。
仮にレースともなれば、相手にできるのは精々小学低学年程度で、相手が5,6年生でもその世代のトッププレーヤーともなれば全く勝てないだろう。まぁかなりのレース経験者でも、それを相手に勝つというのは難しいとは思う。
話を戻すと、スキー教師という世界を守ることによって、大きな利益を上げている必要以上に大きな組織が存在している稀な国、ということになるだろうか?
実に巧妙で、国際的な組織を語ることで大きな利益を上げている組織も存在している国でもあるから、それも必然なのかもしれない。
国際的な組織を語って寄付行為を行う組織や、英語や漢字などさして必要もない検定組織が多数存在できる、つまりはおめでたい国でもある。
これは素人の錯覚、あるは無知に付け込んだ悪徳商売と紙一重だろう。
スキーに関して言えば、それが本来のスキーというレジャーの醍醐味ばかりか、スキーレースに対する技術向上という点においても阻害原因になっていると考えるのはおいらだけだろうか?
少なくてもおいらは、子供頃ではあるが、それが原因で本来高度な技術を掴むべき年齢を無駄に過ごした選手を多数見てきている。
ここでは、子供の頃にスキー環境に恵まれなかった、そう既に20代も後半以降から位からいかな?
そんな手遅れ的スキーヤーたちに、そんなことを無視して、スキーをレジャーとして気楽に楽しもうというつもりで、その思いを書いている Individual Skiing なんだけれどね。

競技化の弊害?

困った爺さん
2018/09/28 (Fri) 04:16:28

またまた繰り返しになるけれど、スポーツとは遊技であり闘争である、この二つの定義が及ぼす影響力について、のお話でしょうか。
先にアルペンスキーを発展させてきたのは、レースによるところが大きい。というより殆どレースによって滑走法などが確立されてきた。
ここで行われた滑走法を、各国それぞれが、あるいは用具メーカーが種々検討を重ねて一般化していく経緯を辿ってきたように思う。
その点からも、現時点においても、僅か3,4年程度の短期間であっても、一度は真剣にレーススキーを経験することが、スキーの基礎技術を知る上でも重要だと思える。
また何にでも言えることだけれど、理屈ではなく、自ら経験することが重要な筈だ。
さらに、レースはゲレンデスキーの最高峰というに過ぎないのだから、一般的スキーヤーはレースというスキー技術の発信源に拘ってばかりいる訳にはいかない。
長くスキーを楽しむには、レースという狭い世界に拘り過ぎては、本来のスキーを見失ってしまうのかも知れない。
そもそもレースのスキーは、非常に高速で技術的には難易度が高く、それに対応できる総合的な身体能力も限られ、しかもそのピークを維持できる年齢も限られている。
それをどこまでも低下させて、全くその素養のない者にヨイショを重ね煽てることで行わせても、その者に何かを掴ませるというのは難しい。スキーは、マラソンや水泳、あるいはゴルフとはやや異なっている。
ところで三浦雄一郎というスキーヤーが居る。若い頃は彼など眼中になかった。
おいらが他人から聞いた話が本当だとすれば、彼は公式レースでの実績は、北海道大学在学時に残したインカレの滑降競技2位というものしかない。
スキーの中でもスピードに魅せられたのだろう。その後の彼のスキーはたった一つ、直滑降だった。
しかし今それとない予想を含む彼の経緯を考えてみるに、恐らくはスキーというものを広く考えいて、それを実行してきたのだろう。スキーをよく知っていると言っても良いのかも知れない。
彼の考えているだろう広い視野のスキー、ゲレンデに拘る訳でもなく、ましてレースのレの字もない。そんな気がする。
先に、フリーライドスキーに感動した、と書いたが、それはスキーという醍醐味を再認識させるものに感じたのだろう。
それは、現行の一般的スキーヤー、特に狭い認識の多い日本のスキーヤーに対してのことで、おいらにではない。
こういったスキーが盛んになることによって、そのためのコースが多くなることを願ってもいる。
レースがゲレンデスキーをけん引してきたことは間違いないが、それの弊害とも言うべき事態も招いてきたとおいらは思っている。
競技化することで、逆に本質的なものを歪めている例は多々ある、とおいらは思っている。
まして今日の様に、スポーツが際立って興行化され、それ故勝つことへの先鋭度が増し、しまいには行き先を失う様にしか思えない。これがおいらの言う、近い将来スポーツは衰退するという理由の一つになっている。
衰退せずに来たスポーツ興行の代表は大相撲であると思っているが、これは非常に日本的だとも言える。
相撲道と言うが、これは長く続けられた興行での基本になっている思う。
勝とうと精進努力することは勿論意味のあることだけれど、勝つことが全てではない。
ごく若い頃のことだけど、そもそもスポーツの興行の存在する社会的意義とは何か、と考えたことがある。
完全な答えは見つからないというか、確定できないままではあるのだけれど、取り敢えず一つの結論には至ったのは覚えている。
それは一般駅な社会よりもかなりの制約を受けた狭い社会で、半生、あるいは生涯を掛けてまで、そこでの生き方を世に見せている。
どう生きるのか、どういう意気込みで生きるのか、といったことに感動し、自らを省みてそれを反映させ、見ている者達自らが元気づけられるものでなくてはならない、とそう思った。
従ってそれは、勝つことのみではなく、何処までもフェアであり続ける必要があり、ある意味生き方の見本の一つとならなければいけない。
そう思えば、現行のスポーツ興行の世界は、そこから逸脱した面も多々見受けられる。
またぞろ脱線してしまった。話を戻そう。
先に、スキーでの競技化が本来のスキーの醍醐味を失わせた例として、モーグルスキーを示した。
ましてそれを一般化しようなどと言う試みは、全く意味をなさない、とも書いた。
競技化のために、時間で競うことを取り入れてしまった。そのために自由な滑走法法をとれず姑息とも言えるほど著しく偏狭なものしてしまい、本来のモーグルスキーの醍醐味を著しく失わせた。
ましてその滑走法を、時間という概念を外してそのまま用いるなどは愚の骨頂であるとしか思えない。
本来のモーグルとは、自然にできたギャップの連続などによって一般的なゲレンデ滑走とは異なるスキー技術が必要で、それを楽しむものであった筈だ。
今のフリーライドと呼ばれる、つまりは特殊な新しいスキーかのように言われていtているが、単に本来にアルペンスキーの醍醐味に戻ったに過ぎないと思う。
そしてそれは大人が示導した面はあるにせよ、若者たちが自らの感性から追い求めたものでもある様に思える。
フリーライドスキーは、若者たちが見つけた最初のモーグルスキーの延長上にある気がしている。
より偏狭な世界の閉じ籠って悦に入っている老人たちを、さもあざ笑っているかの様にも感じるのはおいらだけだろうか。

そして分かってきた、のか?

困った爺さん
2018/09/24 (Mon) 09:17:05

翌シーズン、つまり昨年から今年のシーズンだけれど、やっと普通にスキーができるゲレンデコンディション。
スキー板もブーツもいろいろと試して、やっと分かってきた。
ATOMIC NOMAD BLACKEYE Ti ARC は堅いピステゲレンデには向いていない。そう設計されてはいない訳だ。
雪からの反作用的力が弱い、つまり面の持つ力が弱い場合ほどその真価を発揮するのだろう。
反作用的力が強いピステゲレンデではスキーが負けてしまうのも道理だ。
これはピステ用のスキーを使えば良く分かる。
弱い柔らかい雪質、新雪の深い雪などで、泳ぐように滑るには NOMAD BLACKEYE は良い。
後から調べたが、このスキーは長くカタログにあったモデルで、それは外国で人気がったからの様だ。
絵にかいたようなゲレンデばかりでの使用が殆どになる日本のスキー場で使うモデルではないということか。
人工的に綺麗に整地された上の、しかもお嬢様スキーでは人気がないのも理解できる。
後からロッカー形状が嫌でやっと手に入れた Volkl PLATINUM GD SPEEDWALL などはピステゲレンデでその真価を発揮する。
K2 BOLT はその中間でピステ寄りか?深い柔らかい雪というよりは、荒れて吹きだまったり、解けて荒れた重く深い雪などの強い。
これを硬派とすれば、よりソフトにした軟派なのが、Dynastar CR74 Fluid X だろう。
そして今度入手できた Dynastar speed course 67 は如何か。元々はレース仕様なのでピステゲレンデには強い筈だけれど、外国の評価では slush にもかなり強いという。
新雪、深雪には向かないだろうが、何れにせよどういう特性かが楽しみな訳だ。
まぁこれらの7台の板、5足のブーツを使い込んで5,6年か、そろそろ70歳というあたりで、全てを替えるのかな?

ただ・・・今、フリーライドとかいうスキーに魅せられている。
崖を滑り降りる、というより崖をスキーを着けたまま落ちていく。それでも立って居なければスキーにならない。
ほんの子供の頃、そんなスキーをしていた。こんなところを滑れるのは、俺とあいつしかいない。
あの小癪なチビめ、レースじゃなければ負けないぞ、と。
レースで失ってしまった本来のアルペンスキーの醍醐味を、今更取り戻せるのか?
自己が満足する、そんな無限の世界に入ろうとしている、そんな自分が居るのが怖い。爺さんになったことを忘れている自分が怖い。

そもそも何でスキーなのか?

困った爺さん
2018/09/24 (Mon) 08:19:23

人間の衝動というものは予測がつかないものだ。これが表題の答え。
何気なくスキー動画を見ていた。その時までスキーの動画は見たことがない。
一方、最近のスキーは短く、しかもとても曲がりやすい、という話は聞いたことがある程度だった。
見てるうちに、ふぅっと、おいらこのスキーできないかも?との想いが持ち上がった。
それが、たったそんなことがきっかけ・・・・
レースではへっぽこな最後で終わったが、それでもフリー滑走の一般的なスキーなで、そんなことを気にする必要はない。
一度そのカービングスキーとやらに乗ってみるか、と。
そう思うと、そこは爺さん、後がないので速決行。
ネットでビンディング付きスキー板、ブーツ、ストックにゴーグルを注文した。
季節はもう春ということもあって、ウェアなどは要らない。スポーツウェアか、下は綿パンでもいい、と。しかも売れ残った物はたたき売り状態、でもないが安い。
そして、まず着いたスキー板に驚いた。幅が広い上、トップなどはしゃもじのでかいのが付いている。
そして重い。センターを片手で持って運んでいた記憶があって、その記憶通り?持てることは持てるけど、記憶にあるほど容易ではない。
購入したスキー板は、ATOMIC NOMAD BLACKEYE Ti ARC という奴。
まぁ買ってしまったものは致し方がない。
で、日帰りバスのスキーツアーに参加した。
おいらはバスが好きだったし、自動車は夏タイヤしかないので足もない。
それにしても、スキーが重いのに閉口した。
最初のスキー・・・・身体が遅れる。
春は雪がなくベタベタの緩斜面なので良いだろうが、これは下手にテールに乗れないと思った。
トップから入ってそのままスキーのセンターの乗ろうと。それでも自動的にというか自然にテールに乗ってしまう。
数回乗っているうちにターンにはなった。
うーん?
そのシーズン、4,5回バスツアーに行き、やっと慣れてきた。
それでも、春雪の緩斜面ばかりじゃ掴めないし、日帰りのバスツアーでは何とも落ち着かない。
そのシーズン、と言っても3月末から5月連休までの僅かな期間だった。
最後のゴールデンウィーク、御岳に行った。もう途中の道路に雪は無い。
自動車でドライブがてら御岳に行く道も楽しんだ。
標高が上がるにつけ季節が逆戻りしていく。木々や花々が綺麗だ。
そしてスキー場、チャオ御岳だけれど、もう駐車場などバーベキュー会場と化している。これぞレジャーとすぐに周囲の人たちと溶け込んだ。
即席のグループができたので、滑るのも一緒について行った訳だ。
日が高い時間帯でもゲレンデに居るより駐車場に居る時間が長い。
スキーなどよりも、飲むは喰うは・・・日が落ちてからもまた長い。
朝は雲海の上に居た。気持ちのいい山の朝だ。
山育ちのおいらには何とも懐かしい朝だった。
そうするうちに駐車場では朝食が始まった。
この季節、朝の低温の雪を逃がしてはいけない、と言う。
そそくさとゴンドラに乗り込む。
んーっ、これがコーデュロイバーンか、と追加購入した軽いFISCHERも快調だ。
多少手こづっても長時間履き続けられるブーツが良いと、ATOMICのREDSTARと言うブーツも追加していた。
SALOMONX-MAX130 という奴よりも締め付けはかなり緩い。
んーっ、FLEX とやらはどうなっているのか?130と120、僅かな違いの思えるが現実はかなり違う。ATOMIC はいきなりグニャっとくるし、レスポンスも悪い。
つまり反応はSALOMONの方がかなり良い。しかし完全に足に馴染ませるまでには1時以上もかかる上、その後も何度かブーツを外さずにいられない。
一方 ATOMIC ははじめから外すことなく一日でも履いていられる。
レジャーで苦しむのはバカげている。
この時になってやっと?、現代の?スキー板やブーツが分かってきた。
それでも、FISCHERとSALOMONになると、ターンのインターバルで空を飛んでしまう。
昔のスキーでは、雪を舐めろとよく言われるが、そう言われるほど雪とのコンタクトを失う時間が長かった。
現代のスキーは、かなりの高速でも雪を舐めている、しかも両足で。
これなら速いのも頷ける。
未だ全く掴んでいないな、と思いながら、気楽に行けよと自分に言い聞かせた。
孤独な自分との戦いは必要ない。
そんなことを思いながらも、既に雪は解け緩み始めた。
早々に引き上げ、今度はヒュッテでビール祭りになった。
おいらは、昼から酒?などいう節操は無いが、体力的に昼のビールは効くので遠慮した。
次を考えない無謀さはなくしてしまった。全くの爺さんだ。
そう思えば、彼らは20代から50代、還暦過ぎはおいらだけか、と。
今度のシーズンは、赤いちゃんちゃんこで参戦しなければ、との思いが過ってそのシーズンは終わってしまった。

スキーテクニック、新たな難問

困った爺さん
2018/09/21 (Fri) 08:13:35

かなり前のことだけれど、子供たちが夢中になっている鉄道の模型に感動して(結構大人も夢中な人が多い)、それを写真に収めようとしたことがある。
だけれど本当の列車の様な臨場感が出ない。それはクローズアップによって超望遠レンズ的になって前面にピントを合わせるとそのすぐ後ろから大きくボケる。
そこで悩んでしまった。アオるしかないか?そのためだけに如何にも高価なアオリレンズという訳にもいかない。そもそもおいらが主に使っているPENTAXにはアオリレンズがない。もちろんSonyなどある訳がない。そのためにNikonだのCanonだのと別なシステムを用意する訳にも行かない。
蛇腹を使うか?などと悩んだまま時が過ぎた。
で、要はパンフォーカスが使えればいいわけだから、センサーの小さなコンパクトカメラの方が良い筈・・・上手く行った。それも広角レンズでの比較的近接の撮影がいいようだ。いずれにせよ、コンパクトにはコンパクト、全てをミニチュアの世界に当てはめればよい訳だ。
で、この度購入したアクティブカムは将にミニチュアの世界。
パンフォーカスどころか、極小センサーのフィッシュアイだからピントは要らない。
スキーの様な不整地で高速被写体の撮影は、まずフォーカスが難しいがそれが要らない。
ただムービーでは、その解像感はスチルよりも遥かに劣っていてもいい。
画像とは人間の目に対しての相対的なものだから、静止画でじっくり見るものと動きを追うものとでは全く異なるからだ。
次いでムービーでは露光の変化だろうか。雪では殆どの場合逆光になる。
とのいろいろな心配も、全てがオートマチックなので無用の様だ。
つまりフレーミングだけに集中できる・・・ってフレーム見て取る必要もなさそうだ。
つまりノーファインダーで追うことになる。
身体の傾きを考慮してカメラが同じように傾かなければいい訳だけれど、その程度が難しいのだろう。全く傾かな行ければ良いというものでもなさそうだ。
様は臨場感か?
そういったことも楽しみだな。
撮影のための滑走テクニックということなる。
これは難問かも?やって覚えるしかないけどね。

使い方を懸命に・・・ムービーカメラ

困った爺さん
2018/09/20 (Thu) 22:49:52

スチルは長い経験を持つおいらだけれど、ムービーは殆ど分かっていない。
購入したのは、Sonyのアクションカムだけれど、分かってはいたが、またしてもSonyにやられてしまった。
SonyのスチルはMINOLTAの引継ぎから試に2台を購入し、その後α900の購入が最後だった。
α900は全くのMINOLTAカメラという感じの製品だ。その後、巷では最後のMINOLTAと言われている様だったから、おいらばかりが思っているのではなさそうだ。
ところで、そのアクションカムだけれど、先に書いたように程度の良い中古を購入した。と言っても新品とさほど値段が違った訳でもない。
Sony製品は、ハードウェアがあまり良いとは言えない。
また問題は周辺機器が非常の高価であることと、メンテナンスに問題があると思っている。
まずサービスセンターの受付で戸惑う。お嬢さんがにっこりと笑って迎えてくれるのはいいが、軽微なことを聞いても、それはお預かりして・・・とくる。
内容など分かりそうもない受付嬢だが、お預かりすほどのことを聞いている訳ではない。さらに見積もりはどの位?と聞くと、即座に出てくるのは修理価格表・・・?またその料金がバカ高い。
前に外装部の小さな金属製品の交換を考えてことがあった。はっきり言って同じものを金物屋に注文した方が遥かに安いくらいだ。
そのまま使用しても機能に影響はないので別に交換する必要もない。もちろん止めた。後に関係者に聞いたが、Sonyではその専門的な修理はできないとのことだった。そう言えば、修理に出したが直っていない、という話はよく出ていた。
製品はプロ用機材を除いて、何といってもコストがかかっていない。外見など玩具の様だ。
プロ用機材もやはりメンテナンス費はやたらに高い料金設定だと言う。
安価な製品はについて、要は、修理など考えずに買い替えてくれという姿勢が見て取れる。
従って、おいらのSony製品への考え方は、高級品は買わない。そして必要があれば、適当な、しかもできるだけ安価な製品を購入して使い捨てにする。
従って、今回の様に、使い捨て前程の中古になった訳だ。

話を戻すが、そのアクションカム、取扱説明書がない。サイトからダウンロードせよとなっている。
また通常あって当然の付属品がついていない。
とにかく価格は比較的安いと思いがちではあるが、内容からすれば決して安くは無いことが分かる。
そしてやはり周辺器具機器は非常に割高である。
結局本体価格を上回ることになった。
しかして本体が故障しても、周辺機器は壊れるような物ではないから、本体だけを買い換えれば済むことだ。
また周辺機器は全て巧みに相当品が使えないような工夫が見られ、それについては、そこまでやるか感が拭えない。
そんなこと懸命になるならば、製品にもっとコストを掛けろ、メンテナンス部門を充実させろ、などと思うのはおいらだけだろうか?
まぁ多数の機器をそろえた甲斐あって、結構使い易いシステムが組めた。
それにしてもムービーカメラの経験がないということは、そのお勉強も忙しい。
動かして動画を撮ることは出来た。
動画はただでさえ編集が面倒なのに、ムービーにしかない企画や手法を覚えるのは容易ではない。特においらのような爺様には酷だとも言える。
それでも映像は喜ばれるだろう。
若い方々なら、たまにスキー場にそれらを持ち込んで楽しんでいるが、おいらが友達になった老人?連中にはそんな者は居ない。
それでも自分の映像を嫌がる者は殆ど居ないだろう。
それに映像は本当に事を如実には表さない。自分の力を思い知ることにはならないことも多い。まして欲目で見ているのであれば十分に満足するはずだ。

今度のシーズンは、案外それが面白いく楽しい時間を与えてくれるかも知れない。
スキーは追い撮りになるだろうから、撮る方の技術も必要だろう。これもやってみて分かることが多いだろうが、面白可笑しい時間を過ごすためにと、そう考えて、いろいろと調べてお勉強しよう。今はそうするしかないのだから。