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スキーテクニック、新たな難問

困った爺さん
2018/09/21 (Fri) 08:13:35

かなり前のことだけれど、子供たちが夢中になっている鉄道の模型に感動して(結構大人も夢中な人が多い)、それを写真に収めようとしたことがある。
だけれど本当の列車の様な臨場感が出ない。それはクローズアップによって超望遠レンズ的になって前面にピントを合わせるとそのすぐ後ろから大きくボケる。
そこで悩んでしまった。アオるしかないか?そのためだけに如何にも高価なアオリレンズという訳にもいかない。そもそもおいらが主に使っているPENTAXにはアオリレンズがない。もちろんSonyなどある訳がない。そのためにNikonだのCanonだのと別なシステムを用意する訳にも行かない。
蛇腹を使うか?などと悩んだまま時が過ぎた。
で、要はパンフォーカスが使えればいいわけだから、センサーの小さなコンパクトカメラの方が良い筈・・・上手く行った。それも広角レンズでの比較的近接の撮影がいいようだ。いずれにせよ、コンパクトにはコンパクト、全てをミニチュアの世界に当てはめればよい訳だ。
で、この度購入したアクティブカムは将にミニチュアの世界。
パンフォーカスどころか、極小センサーのフィッシュアイだからピントは要らない。
スキーの様な不整地で高速被写体の撮影は、まずフォーカスが難しいがそれが要らない。
ただムービーでは、その解像感はスチルよりも遥かに劣っていてもいい。
画像とは人間の目に対しての相対的なものだから、静止画でじっくり見るものと動きを追うものとでは全く異なるからだ。
次いでムービーでは露光の変化だろうか。雪では殆どの場合逆光になる。
とのいろいろな心配も、全てがオートマチックなので無用の様だ。
つまりフレーミングだけに集中できる・・・ってフレーム見て取る必要もなさそうだ。
つまりノーファインダーで追うことになる。
身体の傾きを考慮してカメラが同じように傾かなければいい訳だけれど、その程度が難しいのだろう。全く傾かな行ければ良いというものでもなさそうだ。
様は臨場感か?
そういったことも楽しみだな。
撮影のための滑走テクニックということなる。
これは難問かも?やって覚えるしかないけどね。

使い方を懸命に・・・ムービーカメラ

困った爺さん
2018/09/20 (Thu) 22:49:52

スチルは長い経験を持つおいらだけれど、ムービーは殆ど分かっていない。
購入したのは、Sonyのアクションカムだけれど、分かってはいたが、またしてもSonyにやられてしまった。
SonyのスチルはMINOLTAの引継ぎから試に2台を購入し、その後α900の購入が最後だった。
α900は全くのMINOLTAカメラという感じの製品だ。その後、巷では最後のMINOLTAと言われている様だったから、おいらばかりが思っているのではなさそうだ。
ところで、そのアクションカムだけれど、先に書いたように程度の良い中古を購入した。と言っても新品とさほど値段が違った訳でもない。
Sony製品は、ハードウェアがあまり良いとは言えない。
また問題は周辺機器が非常の高価であることと、メンテナンスに問題があると思っている。
まずサービスセンターの受付で戸惑う。お嬢さんがにっこりと笑って迎えてくれるのはいいが、軽微なことを聞いても、それはお預かりして・・・とくる。
内容など分かりそうもない受付嬢だが、お預かりすほどのことを聞いている訳ではない。さらに見積もりはどの位?と聞くと、即座に出てくるのは修理価格表・・・?またその料金がバカ高い。
前に外装部の小さな金属製品の交換を考えてことがあった。はっきり言って同じものを金物屋に注文した方が遥かに安いくらいだ。
そのまま使用しても機能に影響はないので別に交換する必要もない。もちろん止めた。後に関係者に聞いたが、Sonyではその専門的な修理はできないとのことだった。そう言えば、修理に出したが直っていない、という話はよく出ていた。
製品はプロ用機材を除いて、何といってもコストがかかっていない。外見など玩具の様だ。
プロ用機材もやはりメンテナンス費はやたらに高い料金設定だと言う。
安価な製品はについて、要は、修理など考えずに買い替えてくれという姿勢が見て取れる。
従って、おいらのSony製品への考え方は、高級品は買わない。そして必要があれば、適当な、しかもできるだけ安価な製品を購入して使い捨てにする。
従って、今回の様に、使い捨て前程の中古になった訳だ。

話を戻すが、そのアクションカム、取扱説明書がない。サイトからダウンロードせよとなっている。
また通常あって当然の付属品がついていない。
とにかく価格は比較的安いと思いがちではあるが、内容からすれば決して安くは無いことが分かる。
そしてやはり周辺器具機器は非常に割高である。
結局本体価格を上回ることになった。
しかして本体が故障しても、周辺機器は壊れるような物ではないから、本体だけを買い換えれば済むことだ。
また周辺機器は全て巧みに相当品が使えないような工夫が見られ、それについては、そこまでやるか感が拭えない。
そんなこと懸命になるならば、製品にもっとコストを掛けろ、メンテナンス部門を充実させろ、などと思うのはおいらだけだろうか?
まぁ多数の機器をそろえた甲斐あって、結構使い易いシステムが組めた。
それにしてもムービーカメラの経験がないということは、そのお勉強も忙しい。
動かして動画を撮ることは出来た。
動画はただでさえ編集が面倒なのに、ムービーにしかない企画や手法を覚えるのは容易ではない。特においらのような爺様には酷だとも言える。
それでも映像は喜ばれるだろう。
若い方々なら、たまにスキー場にそれらを持ち込んで楽しんでいるが、おいらが友達になった老人?連中にはそんな者は居ない。
それでも自分の映像を嫌がる者は殆ど居ないだろう。
それに映像は本当に事を如実には表さない。自分の力を思い知ることにはならないことも多い。まして欲目で見ているのであれば十分に満足するはずだ。

今度のシーズンは、案外それが面白いく楽しい時間を与えてくれるかも知れない。
スキーは追い撮りになるだろうから、撮る方の技術も必要だろう。これもやってみて分かることが多いだろうが、面白可笑しい時間を過ごすためにと、そう考えて、いろいろと調べてお勉強しよう。今はそうするしかないのだから。

いい時代にほんの少し引っ掛かった

困った爺さん
2018/09/18 (Tue) 03:04:39

FreerideSki が youtube で沢山出ている。滑るというより雪の絶壁を落ちていく。これは面白いだろうな。本当にいい時代だとおもう。
里谷多英ではないけれど、レースが駄目でも他にもスキーはあるから、スキーを諦めることは要らない。
今ならゲレンデにはない面白い挑戦的なスキーも沢山ある。
当時はアルペンスキーに限って言えば、ゲレンデに戻ってフリー滑走ばかりなど面白い訳がない。
つまりこれは今においらにも言える訳だ。

実は中学に入ってもちろんスキーを続けようとした。その際自分の意志に拘らず、お前はジャンプ、お前はディスタンス、お前はアルペン、という具合に決められ、それにさらうことは出来なかった。自分がアルペンに決められたときはとても喜んだものだ。
しかして望んでもいないどころか最も嫌なディスタンスに決められた友人は、相当ふてくされていたが、それに逆らって辞めるなどということは出来よう筈もない。結局彼は大学で複合に転向し、インカレで2位になるまでいった。
おいらもむしろ、ディスタンスかジャンプか、ノルディックスキーの方が向いていたのかも知れない。
まぁ、これからでもジャンプは無理だろうが、ディスタンスというより歩くスキーからノルディック的な山スキーならば遅くはない。
それにしても、お嬢様おスキーの連中に、ジャンプをやってみろ、などと言ったならばどんな反応をするだろう。まずはランディングの斜度でさえ真っすぐには滑っていけないだろう。やろうとする前に、既にビビっっているその言い訳の屁理屈を聞いてみたいものだ。

youtube、こんなワクワクするスキーができたなら、アルペンレースが見込みがないと分かった時点で、それを趣味としても良かった。
それでも、こんなワクワクする冒険にとっつくには、はせめて30歳代までくらいまでしかできないだろう。
林の中を滑り降りるシーンも多い。パウダーと言っても、あんな中を滑るのは呼吸も困難になる。
大量の雪が舞っている中を滑るのは、まず呼吸ができない。雪が口や鼻に刺さり込んでその冷たさというのか、呼吸を止めてくれる感覚は、忘れていたものを思い出してしまった。
そしてそれよりも増しての困難は、前が見えないことだ。こういった映像は必ず晴天下で行われているが、恐れく自分が舞い上げる雪と地吹雪中を行くのとは異なるのだろう。
こんな中でのジャンプの連続は、ブリザードがなくても舞い上がる大量の雪に埋もれている。これは呼吸が苦しいだろうし、前を見るのも難しいどだろうかに見える。
スキーのトップを上げないと滑れないが、それを意識すれば身体が遅れる。
スキー板やスキー用具の発達が可能にしていることは確かだっけれど、運動神経、反射神経など体の反応が速く、また全身のバランスの良い筋力が要る。
還暦もとうに過ぎたおいらには到底敵わないことだろう。第一ゲレンデでさえ、衰えた目は斜面を見ていない、見えていないのだから。
こういった場合の挑戦は、はじめ実に勇気の要ることだけれど、それを後押しするのは、身体的自信だ。
筋力は昔から強くないが、実はつい50歳くらいまでは持久力には自信があった。
40歳くらいまでだろうか、バスや電車を待つのが嫌で、5㎞程度ならば小走りに歩いたものだ。とにかくじっと動かないのが一番嫌だった。
それが、心臓こそ心配するほどのことはないが、息切れが酷く筋肉疲労が凄い。
歩くのさえ嫌で、階段などもっての外となっている。
肉体改造計画・・・・って、とにかくストレッチから始めているし、まずは歩くことを回避してはいけないとの思いだ。徐々に回復させるしかない。
ウェイトトレーニングには、まだ至っていない。
高校生でも、ベンチプレスは50㎏しか挙がらなかった。120㎏挙げたスクワットはどうだろう。多分何れも半分上がればいいところか。
こんな体力で、パウダーとは言え多大な雪の力がかかる上、ジャンプやターンでも体を後れさせる、意図しなくても後れる場合も多いが、瞬間で反応し一発で元に戻せる瞬発力は得られることはない。
若い頃に常に言われた、体を前に出せ、は出そうとしても出す力がないか、反応が遅れてしまう。
だからといって、ゲレンデでフリー滑走だけなどならば、やらない方がいい。

子供から大人のスキーに

困った爺さん
2018/09/17 (Mon) 22:58:03

子供のスキー靴(昔の話になるとブーツではなくて靴になってしまう)は、大抵はゴム製でのみ上げで、おいらも小学生ではそれを使っていた。
当時のスキー靴は、登山靴の靴底をコバを大きくするなど工夫したものだったから、インナーブーツがあるものも多かった。大人たちは靴ひもの締めあげに力を注いでいたが、おいらも子供の力ではあったが懸命に締め上げた。小学低学年ではスキーに行く毎に父親に締めて貰っていた。
中学生でいきなり革の金属バックルで締め付ける靴になったので、革製の編み上げは知らない。当時のスキー靴は小学生まで編み上げのゴム靴を使ったのは、父親がバックル式の、しかも硬い革製による怪我を恐れたからだ。
革製のスキー靴ははじめは国産品だった。バックル緩めた時、バックルにスプリングがついていたので、それが歩く度にがガチャガチャと鳴るその意味で目立つ物だった。
父はそれに少し慣れた後すぐにコフラックの高級を与えてくれた。ソールはスキー幅から飛び出さない様に細い直線に加工されていた。
今では当たり前でだけど、当時は恐らくコフラックのオリジナルだろう。
そのソールのに張られた暑さ5mmほどのゴムはかつて見たことがないオフホワイトで(当時シリコンゴムがあったか否か分からないが、シリコンゴムのような感じだった)、やや柔らかくスキー板との間で滑ることを防いでいた。そればかりか革の鞣しと加工は際立っていたし、細部のつくりも丁寧なものだった。中学1年生でもその違いはすぐに分かった。
そして履いた時に足が硬く締められる感覚は国産品とは全く違っていた。
第一、バックルを外してもサイドウォールが硬いので全体的に少し緩む程度で、歩く際にカポカポと踵が上がったりはしなかったから、ガチャガチャとしたところがなく、ピシッとした上品な歩行が可能だった。
またスキー板はヤマハに換わっていた。ヤマハはパラマウントという商品名のトップモデルをモデルチェンジしてレース用として、アルペンレース3種目用を商品化していた。
その下に、ハイフレックスというモデルが出て、それもダウンヒルがあったか否か分からないが、レース仕様があった。その下にはオールラウンドという、お嬢様おスキー用があった。
おいらはハイフレックスGS様だったが、それに間もなくブリザードが追加された。
外国有名メーカー製、全体の張りが全く異なっていた。
その頃から、カザマだのアジアだのから次々にレース用スキー板が商品化され、それらを試す機会が多くなった。しかし外国製と比べる手の物ではなかった。
それまでは外国の一流選手でも、自ら用具、スキー板などは購入していたのだろう。SLはロシニョールのストラート、柔らかい雪用のヘッド630などと使い分けていた。
クナイスルは別格で、ケスレーなどいう高級品は見たこともない。
そう言えば、クナイスルのホワイトスターは履くちょっと年配のお姉様と春のヒュッテでよくお会いした。とんでもない価格のスキー板だったから、それを見たのは初めてで、しかもそのお姉様はウェアも、オランダかノルウェー製だろうと思われる子供にも高級品と分かるセーターなどを着ていた。
おいらが10歳くらいの子供だったので、一緒によく滑った。
スキー教員の資格は持っていると言っていたが、そのスキーは上品というか、春の雪質で荒れていた急斜面などでは、立ち止まって、「私行けるかしら?」などと宣う人だった。「大丈夫だよ、こうやればいいのさ!」とおいらは見本を見せたが、それでも躊躇っていて、早く!と催促して、やっと、それも上品な小さなターンで滑り降りていた。優雅な動きで、かっ飛んでいくおいらのスキーとは異なっていた。
そのお姉様が、初めてのスキー検定で2級を受かった時に、一通り褒めてくれた後に、バッチテストというのはスキーができない人のためにあるのだから、今あなたが目指すべきスキーではない、と助言をくれた人だ。
それは本当だった。スキー検定の検定官に言われたとおり、直ぐに1級を受けようとしたが、その翌年からレースを本格化していくことになり、そこではバッチテストといった、そんな雰囲気は微塵はなかった。
第一、当時のおいらには、レースはあまりに高速で、しかも旗門用の竹棒と戦わなければいけなかったことの方が重大事だ。毎日竹刀で殴られているようなものだから、そんな余裕は無かった。
アイスバーンでスキーのテールが流れただけで、雪にしっかり刺さり込んで固定されたその竹棒に激突する。
始めはスキーのエッジが切れないものだと思い、エッジを研ぐことを覚えた。
しかしそれは違っていた。ターンの際にスキーに正確に乗っていないから起きることで、バーンが硬いからではない。
レースは、雪の状態がどうのこうの言っているのんびりしたものではないからだ。
そんなことはものともせず、竹棒に対しても相手が完全に負ける力強いスキーを見せられ続けた。
こんなことが連続して、毎日上達していったのだろう。

ここは日記のつもり

困った爺さん
2018/09/17 (Mon) 13:23:46

それが絵日記になるとつくるのがもっと面白いだろう。
おいらは14歳の時にカメラを買ってもらってから、写真が趣味になった。
写真が趣味なので、カメラという機械弄りじゃない。
ただこれも完全な趣味は大学3年生までで、その後は仕事でもよく使った。
その後も僅かながらも取り続けた。7,8年前に本格的にディジタル画像に入った。
これまではムービーは全く興味がなかった。
スキーを再開してから、youtubeなどで動画を見ていたが、これは面白そうだ。
写真は今現在の切り取りであるけれど、今までは自分のために、つまり周囲の人間の記録だとか記念写真的などの私的なものではなく、広い意味の人間社会を撮ってきた。
動画が面白いと思ったのは、私的な意味で、という興味だ。
またノーガキが長くなったが、ムビーカメラは殆ど触ったことがない。中学二年生で同じ学校の生徒たちと短編映画を一度つくったが、その際に8mmフィルムを少し弄った程度だ。
で、取り敢えず参考にと中古の簡単カメラを購入した。広角単焦点レンズで全てが自動。スウィッチのON,OFF以外は調整ができない。

話は変わるが、おいらは着たことはないがボグナーのスキーウェアが好きだった。ボグナーは親子でいい仕事をしてきたと思う。
グルノーブルオリンピックの記録映画(邦題「白い恋人たち」だ)も何度も見た。そのアルペンスキーレースの撮影もボグナーだった。父は元々スキー選手で結構な成績残したはずだ。いろいろと多彩な才能を持つ。
ふぅっとそんなことが頭を過った。

映像は編集が面倒だが、現時点では所謂取って出ししかないから、そんなことは心配いらないし気楽に撮れる。
その後機材などを揃えて本格的にムービーに入ることになるかも知れない。
今後も誰かと知り合って仲良くなれるはずだ。たった1シーズンで何人も仲良くなれたので、だんだんそういう人も増えていくだろうから、そんな人たちを撮るのも面白い。
ここで書いているのは日記のようなものだと思っているが、そこに画像や映像があると後後良い思い出になるだろう。

ついでにスキーウェアの変化と進化

困った爺さん
2018/09/16 (Sun) 05:35:52

スキーウェアには思い出が沢山ある。
誰が何と言おうと、おいらは一般的な人にとってスキーはレジャーだと思っている。
前のも書いたが、スポーツの定義とやらは、遊技であり闘争である、という二つしかないそうだ。
闘争はレースなどの競技であり、殆どのスキーヤーはそれに関係がない。

スキーなどは大抵の場合、大人の場合であろうか、用具はかなり高価なものばかりだった。特に外国製は高価で国産とは桁が違っていた。

スキーパンツは昔から専用のものを使う。
おいらも幼稚園児から、裾がなく先端を足の土踏まずから踵近くに引っ掛け、引っ張っても上がってこない、所謂トレンカと言われるパンツだった。
その前は登山同様に脚絆、それも巻き脚絆を使っていたのだろうか。
トレンカ式のスキーパンツはブーツの中に入る訳だから、雪がブーツ上部から内部に入る恐れがある。実際はブーツ上部は足を締め付けているので雪の状態で中までの侵入は殆どないが、上部に溜まった雪が解けて浸透してくる。
ブーツを脱ぐとまずそれを乾かす。ブーツ自体も革製の時は乾かすことになる。何とものんびりした時代でもあったのかも知れない。
上着は、おいらの小学生の頃は登山用のヤッケを着ていた。スキーパンツはオフホワイトのミズノ製のものだった。殆どが黒のパンツをはいていた時代のオフホワイトは洒落ていた。
中学に入った頃、子供の間ではデサントが高級品の代名詞で憧れだった。当然おいらはデサントになった。上下とも紺色で、上着は顎下までファスナーで締められる、当時としては最先端だ。上下とも体にフィットしていたのも新しいウェアだった。
その後まもなく、横にステッチラインやらジャガードの比較的太いラインだのが入ったパンツが流行ったが、おいらはそれを使った記憶がない。
このサイドラインは定期的に現れたり消えたりを繰り返している様だ。
またダウンヒルコートと呼ばれた丈が短く、背に薄いパッドが入ったものも出てきたが、おいらはそれも着たことがない。
どうも如何にもレース用といった衣装は馴染めない。しかも練習中ともなれば嫌悪感さえある。
おいらはパンツは致しかがないが、上着はスキーウェアではない普通のジャンパーを着ていた。それがカッコよく思えた。
高校生の時も当時巷で流行っていたスウィングトップのジャンパーを着ていた。
敢えて、スキーだぞ、といったスタイルに必要性も感じなかったが、それはそれでアピール的になれば典型的なウェアを着るのと同じ様なものかも知れない。

試合などではセーター着で、当時はWC選手もそうだった。スキーセーターは編みが独特で密で硬く、風に侵入を防いでいたから意外と暖かい。
このスキーセーターは通常のセーターよりもかなり高価であったけれど、非常に丈夫なのでその時のおいらのセーターを、妻は今でも普段着で使う事がある。知り合った当時、それを着ているおいらが最も印象深かったと言う。当時の東京では普段着にスキーセーターを着る者は居なかったからだろう。
その頃は全くスキーには縁がなかったが、繰り返しになるが着る物がなかったから着ていただけだった。
実は学生時代と卒業後も、着るものがなくてそれをよく着た。二枚あったが一枚は、就職後スキーを始めたという大学時代の友人がとても欲しがったのであげてしまった。実はこの二枚は買ったのではなく、メーカーから支援を受けた際に貰ったものだ。もし自分で買ったものならばあげなかったかも知れない。
その後もスキーには縁がないが、トエニの登場と共にエレッセが急に流行したことは知っている。
その時まだスキー選手を続ける友人が、エレッセの多方向エラスティックというレース用ワンピースを見せてくれた。その時の売値は10万円以上だそうだ。もちろんその友人のは支援メーカーから支給されたもので買ったものではない。
体の大きさはおいらの方が大きいが、着てみろというので着たが、着る際も着てからも強い締め付けはあったが、不思議と慣れると殆ど何も着ていない裸と同じ感じになった。
これも聞いた話になるが、当時は、着るだけで2秒は速いと言われ、魔法のワンピースとも言われたものがあったそうだ。
空気抵抗の影響を極限まで防いだという。しかして空気抵抗が著しく小さいのはいいが、転倒の際に雪との抵抗も極めて小さく、体ごと滑って止まらないため大きな怪我に繋がるということで規制されたらしい。

そういえば、高校時代だけれど、メタラスやらミラージュやらの名称で売り出されたスキーパンツがあった。表面が金属的にテラテラに光を反射してやけに目立つパンツだったが、あっという間に感じるほどの期間で姿を消した記憶がある。
またミラーサングラスもその当時に出てきた。典型的な初期のレイバン型だった。
当時はヘルメットどころかスラロームなど帽子さえ被らない者も多かった。
またこの頃から、トップレーサーの着る物が流行の主流になった。
アディダスは当時に西ドイツのサッカー選手クラウス・ベッケンバウワーが着て大流行となった。またテニス選手によって大流行もつくられた。FILA、Sergio・Tacchiniなどはその典型だろう。ボルグとマッケンローの試合を思い出すね。
何れもおいらには無縁だったけれど。妹から、Sergio・Tacchiniのマークがついたスポーツスーツをプレゼントされたことがある。
濃紺のジャージで当時主流のシルエットとは一線を画すそのカットが気に入っていた。マークが白抜きで比較的小さかったのも良かった。
あるスキー選手の友人などは、当時、ヘルメットから上着、パンツ、スキー板まで全身輝くオレンジ色に白文字で大きくFISCHERと書かれた衣装を着せられていた。
恥ずかしくて試合以外は着れないと言い、試合後もすぐに着替えると言っていた。
そこまでではなくても、メーカーの広告塔なるのは嫌なものだ。
いつの間にかスキー板に限らず、スポーツ用品にはメーカーの名前が大きく書かれるようになった。
何の得もなく、それを購入してまで、なぜメーカーの宣伝をするのか?という疑問は今でも残る。
おいらは今スキーを再開してからも、メーカー名が殆ど目立たないものを選んでいる。
昔はメーカー名などは目立たない所に、ごく控え目に書かれていた。
まぁトップ裏の滑走面側に、知る者にだけ分かるメーカーのマークがあったけれど。
またパトリック・リュッセルかアンリ・デビュラールだったかと思うが、Rossignolの丸Rマークをスキーのトップ裏マーク宜しくキャップのつばを返した裏側に大きくついていたのを思い出す。
で・・・ミズノが当時のカップマークで同じことをやったには、ちょっと呆れたが。
さりげないメーカーのシャレは、それはそれでちょっと文字通りお洒落な感覚になれるのだけれどね。
アディダスの三本線などもその類かな。
バカでかくマーカー名を入れるのは、洒落がないよね。

ビンディングの進化は如何に

困った爺さん
2018/09/15 (Sat) 18:22:43

スキーは昔から怪我が多い。そのため転倒での防御の機能が進化している。
スキーの怪我は、転倒時の他、障害物との衝突による場合も多い。
スキー板が思わぬ方向にもっていかれ、転倒は免れたとしても著しくバランスを失い、スキー板に煽られて腱などを痛める場合もある。
何れの場合も足先についているスキー板が邪魔になるから瞬時にスキーから開放される、つまりは外れる様な工夫がなされてきた。
この発想はかなり昔からある。ビンディングもラグリーメンやカンダハーの時は、足が取れてもスキーは外れない。
おいらが小学生の時、マーカーがやってきた。始めのタイプはトゥに小さな三角形の金属パーツがつき、そこに靴のコバを差し込めるようになっていた。それまでの靴のコバを両サイドに仕込む溝になった金具から、前部分一ヶ所でコバ抑えるものになった。確かヒール部分はコバとほぼ平行に蝶番式とでもいうかレバーを押し倒して締め付ける方式だったと思う。トゥ部分は強く横方向に力がかかった際には回転し、ヒール部の金具も回転テーブルの上に乗った形であったと思うが、トゥ金具が回ったと同時にその方向に回転し、スキー板から足を完全に開放できるものであった。
問題は解放されたスキー板が体から離れると同時に単体で飛ん行き、場合によってはそのスキー板が単体で滑って行ってしまい人や何かにぶつかる危険性があったことだった。これを防ぐ流れ止めを足首あたりにつけた覚えがある。
しかしこれはスキーの横方向へに比較的小さな力がかかってもスキー板が外れるため、高速で強引なターンが頻発するレースでは、不用意に外れない様に最大限に締め付けていた。おいらなどは殆どの場合外れない様にしていた。
これは小学生の高学年から中学の1年生くらいの話で、徐々にスキーに正確に乗ることでビンディングが不用意に外れることはないことが分かってきた。つまりはスキーの乗り方が下手であったということだ。
ビンディングはさらに進化した。前の三角形の金具はより広くコバを抑えられるように大型化した。
これはマーカーのビンディングで、当時ホープ社が輸入販売権を独占していたので、商品名はホープマーカーであった。
ルックネバダも後になって見かけるようになったが、恐らく非常高価だったことと、後ろのヒール部分の金具は、恐らく現在の様な強力なスプリングが収まっているだろう大きな円筒形のパーツが着けられ、かなりの重量があってあまり普及してはいなかった。
その後ホープ社からヤマハの販売権が譲渡されたという話を耳にした。そうホープマーカーの世話好きなレーススキー担当者はどうしているだろうとふっと思った記憶がある。
その後もマーカーの改良は進んで更なる快進撃は続いたようである。なんといってもマーカーが有利だったのはビンディング総重量が軽いことだった。
また当時は輸入品は正式なディラー契約に基づた販売のみで、個人輸入や輸入による自由販売は基本的に許されていなかった。
恐らくはホープ社やヤマハの販売力が非常に大きかったのだろう。
ビンディングの進化は、おいらにはそこまでしか分からない。
ただ、今のビンディングはやけに重そうだ。
何れは工業用プラスチックに置き換えれていくのだろう。金属は粘る上に強度があるが、現時点ではプラスチック類は粘りがなく強度だけがあるため、結局は割れてしまうことが多い。また経年変化が大きく、性能を維持する期間が短い。
材料の進化が待たれる訳だ。

スキー用具の理解

困った爺さん
2018/09/14 (Fri) 07:50:12

今のところ現在のスキー用具が殆ど分かっていない。この先何れか何処かではぼ分かったという時が来るだろう、との考えから今のところなんだけれど。
にもかかわらず、あーのこうのノーガキを垂れるのも何だけれど、分かってないからこそ疑問も多く、種々の検討事項が次々と現れ、その都度それなりの結論を得て行かなければ前に進めない。
最近GSレース用という古いスキー板を手に入れた。これは殆ど未使用であり、劣化的にはあまり問題ではないのかも知れない。
しかしてこのスキーのおかげで、おいらの時代には全くなかったプレーというものについて考えさせられ、勉強になった。
GSレース用といってもこれに手を掛けた理由は、近年FIS規定とかによって形状が著しく変更される様だけれど、それが厳しく行われる前のようで、178㎝とGS用にしては短いこともあって、現時点でのそれとは異なり、普通のカービングスキー板とあまり変わらない。
GS用といっても、今更レースをする訳ではないので、形状が通常のスキーとかわらないのであれば、通常のスキーよりは高速に強く、しかも硬いレースピステに近いゲレンデにおいてもその有効性が発揮されるだろうという、実に単純な発想だ。
しかも数少ない使用者ではあるけれど、外国サイトの使用感想や評価も上々であった。それが間違っているか否かは使ってみなければ分からないことではあるけど、やはり期待があって楽しみでもある。
このタイプが魅力的になったのは、ひょんなことからオークションで購入することになった、K2 Apache Crossfire 2009/2010 モデルだった。
やや使い込んだ感があるスキー板であったが、元のオーナーとの連絡により、そのオーナーがスキーをよく知った御仁であったことと、入手しやすい価格であったことが購入のきっかけだった。
また外国では大変人気があったようで、その評価は非常に高かった。
失敗して元々との考えで試したが、これがおいらにはとても良く合っていた。
何より気に入ったのは、荒れた重い雪の場合でも、その高速安定性は大変良かった。
その後、似たような形状のスキー板を2台続けて購入するきっかけとなった。
何れも良好で、その一台は K2 であり、他は DYNASTAR であった。
今回の購入は、先の何れの板よりもあらゆる面でその評価が完全に勝るものだったのが、後押しになった。
ただ、レース用プレドリルプレートとやらで、それは良く分からないが、取り敢えずビンディング調整はきっかり合わせられたので、試してみる気になった。
また高速用のスキー板が安心できる理由の一つは、ビンディングがしっかりしていることだ。重く頑強でちょとやそっとで壊れそうもない。
機械設計や加工は極限的なところまで来ている様だし、金属材料や人工有機材料も著しく開発が早い。
スキー板もそうだけれど、多少の劣化を気にするという程のスキー技術でもないし、経験からもややこなれた方が馴染み易い気がする。
やはり高価なスキーはそれなりに張りがあって、その、何と言うか、経年変化も小さいだろうという頑強さを感じる。
おいらの経験では、まずエッジを常時研ぐためにその減り具合と滑走面の劣化が大きいという思いが残る。またかなり使用してもこれは酷いという状況を知らない。
何かと云々言う輩は昔から居るが、トップレーサーでもスキー板などへの感覚は曖昧いで、本人がこれが合っていると主張する板と、タイムの出る板は、殆どの場合異なっているそうで、当然タイムの出る板を使用する、ということらしい。
まぁ通常タイムを計ってスキーをする者は居ないだろうから、自らが合っていると思えればそれはそれでいいのだろう。
ただ日本の多くのスキーヤーは、トップレーサーが引退後でもどのくらいの速度で滑走するかを知らないのかも知れないし、自らの速度を客観的に知ることもないのかも知れない。
おいらの目からは非常に遅く見えるし、あの速度で高速対応のスキー板など分かる訳がない、というのが本音かな。
また切り替えの反応も遅く、旗門設定で時間を計れば全くお粗末の状況になるだろうという予測は十分にできる。
実際レースもどきをやっているのをたまに見るが、これが今に時代なのか、と妙な気持になるほど反応が鈍く、従って遅い。またそれでも何とかなるといったコース設定になっているようにも見える。
まぁ結局それも自己満足だと言えば、レースもどきのレジャーを楽しんでいることになるのかも知れない。

スキー板選び

困った爺さん
2018/09/13 (Thu) 11:34:47

先にも書いたが、外国のスキー板で欧州,北米、カナダなどでの販売では、DEMOなどいうモデルはない。
第一、一般人にデモンストレーション用などといっては、実に不思議な話になるだろう。非売の展示かテストスキーなのかと思ってしまう。
実際問題として、日本や日本の影響を受けるアジア向けなどにしかないモデルは、当然外国の評価サイトにはない。
おいらが購入しているスキー板は全て外国製で、しかも一つを除いて製造国でも販売しているモデルしかない。その一つも、軽く張りのあってロッカー構造ではないスキー板を探した際に、非常に程度の良い中古品をやっと見つけた次第だ。
Volkl PLATINUM GD SPEEDWALL 2014年モデルだけれど、これも外国サイトでは見つけられなかった。
評価サイトをまともにあてにしている訳ではないが、少なくても参考として国内サイトよりも外国サイトの方が現実感がある。
日本では何でもそうであるが、言葉だけが伝播拡散し、その内容を本質的に理解している者は多くない。
実体験から導かれたものではなく、教科書的な読み物の影響を受け過ぎる訳で、それも教育関係者でもあるおいらには気になるところでもある。
話を戻すと、ゲレンデスキー専用のスキー板では、まず国内販売限定の様なモデルしか評価感想が出てこない。
こういった著しく偏ったスキーが、日本のスキーにもたらす悪影響は計り知れない、と思えるのはおいらだけだろうか。
アルペンスキーが盛んな国々は、欧州や北米カナダなどで、何れも大柄な人種が多く、それから見ると175㎝70㎏弱のおいらは完全に小柄に入る。
また骨格自体が華奢で元々筋力がなく脂肪体質な上、老いてますますそれらが顕著になってもいる訳である。
何れにせよ、評価サイトなどは参考にしかならないので、僅か1年ちょっとの間に7台ものスキー板を購入する羽目になった。
それもまだ分からない点も多いが、現時点のおいらに向いているという形状は、ゲレンデスキーにおいては大体見えてきた。
まぁ一台のスキーで何でもこなせた時代しか知らないのもあって、スキー用具選びには苦労するのも致し方がない。

スキーが上手いという無意味さ

困った爺さん
2018/09/08 (Sat) 19:35:51

鷲ヶ岳スキー場で、夜間、夜通しゲレンデを開ける日がある。
おいらは自動車で夕方から眠ってしまい、夜中に目覚めた。
それから眠れもしないので、深夜2時過ぎにスキーを着けた。
風が強く、吹き溜まりが多くでき、さらに雪が飛ばされ非常に硬い面が露出するまだらな状態となっていた。
そこで苦戦をしている人を見かけた。硬い面ではエッジングで雪の面とのコンタクトを失い意図しない横滑りを起こして体を取られている。逆に吹き溜まりでは雪にスキーを取られ、スキーに乗る位置が定まらず、そのためスキーを滑走させる方向が定まらない。
そしてヒュッテでその人と顔を合わせたので、少し話をした。
結局横を並走する形や直前や直後を滑って、ターンのタイミングと踏み替え乗るべき左右の足を大きな声で知らせる。
エッジングの際でのスキーに乗る位置が正確になれば速度制御ができ、スキーの滑走方向が定まれば踏み替えのタイミングを掴みやすい。その並走は3.4回続けた。
分かってきた、と顔をほころばせた。
スキーは速度と共に上達する。それまでの自分の速度から幾分早くすると掴める。
ただ問題はスキー板とブーツのサイズが合っていない。特にブーツは大きすぎる。
普通の日常歩行の際の運動靴を選ぶ感覚だろうか、普段から大き目の靴を履いている様だ。
その後おいらは自身のフリー滑走に戻った。
彼が曰くには、このスキー場ではおいらがNo.1、特出して上手いそうだ。
おいらは褒められる、というよりヨイショが嫌いだ。ただその感覚は本気の様だった。完全な素人目にはおいらは上手く見えるらしい。
スキー場で知り合った京都在住の年配者も、私が知る限りあなたが一番上手い、なんといっても滑り方の迫力が違うと。
結局のところお嬢様スキーでの理屈的ノーガキを語る者しか知らないということだろう。
少なくても昔のスキー仲間では、一番下手とは言わないまでも下手な一群の中に居た。
ただ皆ノーガキは語らない。結果は時計に正確に出るから。
なぜタイムが出ない、と悩み続け、そこでもがいて技術を盗み、そしてそれを掴んで消化する。
目の前でトップレーサーの迫力を見せつけられる。際立ってパワフルで自分との次元の違いを見せつけられる訳だ。
最もの衝撃は、札幌オリンピックの際、外国のトップレーサーのトレーニングを間近で見た時だ。プレ、プレプレと本番で多くのトップスキーヤーを目にした。
フリー滑走でもとにかく早い。といってもターンは鋭く深い。
本番レースに至っては、こいつら本気モードになるとこんなに早いのか、自動車で言えば、法定速度オーバーとF1レースほど違う。
衝撃と言うか、完全に根底から自信を無くしてしまう。こいつらは別世界の人間だと。
今思うが、そんな時有能なコーチが居て、お前にもできる、あの歳まではまだ何年もあるのだから必ず追いつける。などと言われればその気になったのかも知れない。出来たか否かは二の次だ。